2018年1月30日05時00分

 松本文明衆院議員が内閣府副大臣を事実上更迭された。

 沖縄で相次ぐ米軍機のトラブルを追及した共産党の志位和夫委員長の代表質問に対し、議場から「それで何人死んだんだ」と、ヤジを飛ばしたのだ。

 発言が問題になると、「誤解を招いた」とおなじみの言い訳である。誤解の余地など寸分もない、政治家としての資質を欠く暴言だ。しかも、松本氏は沖縄担当の副大臣を務めたこともあるというのだから、あきれるほかはない。

 安倍首相はきのうの衆院予算委員会で「沖縄の方々の気持ちに寄り添いながら、基地負担の軽減に全力を尽くす」と陳謝した。だがその言葉とは裏腹に、政府は辺野古の埋め立て工事をしゃにむに進める。今回の早期更迭の背景にも、投票が迫る名護市長選への影響を抑えたいとの思惑が透けて見える。

 松本氏のふるまいは、沖縄県民の思いよりも米国を重視する政府の姿勢が、乱暴な形で表面化しただけではないのか。

 沖縄はその空気を感じ取っている。翁長知事がヤジを「びっくりするようなものではない」と突き放し、普天間飛行場をかかえる宜野湾市の住民が本紙の取材に「何人死んだら動いてくれるのですか」と語っているのは、その表れといえよう。

 1972年の本土復帰後だけで、沖縄での米軍機の事故は700件以上にのぼる。さすがに最近の頻発をうけて政府は米軍に飛行停止などを求めたが、あっさり無視されている。

 政府与党の一員として本来進めるべきは、こうしたゆがんだ関係の是正である。だが難しい課題からは逃げ、中傷もどきのヤジを飛ばして悦に入る。歴史を知らず、学ばず、危険と隣り合わせの日常を想像する力もない政治家とは何なのか。

 松本発言の翌日、野中広務氏が亡くなった。自民党の実力者として辺野古移設を進めた一人だ。一方で沖縄の苦難の歩みに心を寄せた。97年に軍用地の収用を強化する法律が成立した際、本会議場で、法律の必要性を認めつつ「沖縄県民を軍靴で踏みにじるような結果にならないように」と訴えた。ヤジと同じ不規則発言として議事録から削られたが、心ある人々の記憶に刻まれた。

 多数のためなら少数者の犠牲はやむをえないのか。沖縄は本土にそう問いかけ、野中氏を含む少なからぬ自民党の政治家たちも、その声に何とか答えようと真摯(しんし)にとり組んできた。

 いま、政治の著しい劣化に危機感を覚えざるを得ない。