005 環太平洋パートナーシップ協定(TPP)をめぐる日米協議は25日、大筋合意には至らないまま「今後の道筋」を確認するにとどまった。

共同声明の遅れや未明まで続く閣僚協議など異例ずくめの展開の裏側では、両国の思惑が激しくぶつかり合っていた。予想以上に難航する日米交渉は、12カ国で協議が続くTPP交渉全体の先行きにも大きな影響を与えそうだ。

 ◇フロマン氏強硬、甘利氏声荒らげ

 「大統領とは仕事の話ばかりだった」

 安倍晋三首相は25日夜、東京都内のステーキ店で、麻生太郎副総理兼財務相らを相手に、今回のオバマ米大統領来日を振り返った。

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 オバマ氏の攻勢は日本到着早々に始まった。23日、首相と会食した東京・銀座の高級すし店のカウンターは、さながらTPPを巡るトップ交渉の舞台のようだった。

 首相らと歓談する時間も惜しんで本題に入ったオバマ氏。個別項目ごとに詳細に語る様子に、日本側同席者は「すべて頭に入っているようだ」と舌を巻いた。

 「あなたの支持率は60%もあるが、私は40%だ。強いあなたが譲ってほしい」。冗談交じりに譲歩を迫るオバマ氏に、首相が「大統領とケネディ大使は日本でたいへんな人気だ」と切り返す場面もあった。

 今回の首脳会談の焦点は安全保障政策とTPPだった。

 日本側は事前の折衝で、米国の対日防衛義務を定めた日米安全保障条約5条の沖縄県・尖閣諸島への適用にオバマ氏が言及するという感触を得ていたが、TPPは会談当日の未明までぎりぎりの協議が続いた。

 米国の関心が薄いコメ、麦、砂糖の3項目で関税を原則維持する方向を固めたうえで、妥協が難しい牛・豚肉、乳製品、自動車など残る懸案を決着させたい日本。あくまで関税の原則撤廃にこだわる米国。甘利明TPP担当相とフロマン米通商代表部(USTR)代表の閣僚協議では、事務レベルの積み上げをゼロに戻すかのようなフロマン氏の姿勢に、甘利氏が「私は交渉を拡散させるためにいるのではない」と声を荒らげたこともあったという。

 首脳会談でも、オバマ氏は「日米の同盟関係はアジア太平洋の安全保障の基礎だ」と述べつつ、TPPで日本側にクギを刺した。

 「もちろん日米の絆は軍事的同盟に限らない。日米は世界で三つの経済大国のうちの二つであり、この地域全体における革新的でダイナミックな、開かれた体制を形成するチャンスが与えられている」

 会談後の共同記者会見で、オバマ氏は尖閣への安保適用と、集団的自衛権行使に向けた首相の取り組みへの支持を明言。まず安全保障分野で日本にほぼ「満額回答」した。

 成果を共同声明に反映させたい日本側には、「大統領を手ぶらで帰すわけにはいかない」という妥協論と、「共同声明を人質に取られた」という危機感が交錯した。

 とはいえ、交渉の基本方針を曲げるわけにはいかない。首相は甘利氏らを「守るべきところは絶対に守れ」と鼓舞した。周辺は「バイデン副大統領が18日に首相と電話した際、『まとめなければ日米関係に亀裂が入る』とあからさまに語ったことも、首相には不満だったようだ」と明かす。オバマ氏は24日夜の宮中晩さん会でも首相に「協議を続けよう」と持ちかけたが、25日未明に再開予定だった閣僚級協議に甘利氏は応じようとしなかった。

 代わりに25日朝まで続いた事務レベル折衝で、米側が最後に持ち出したのが「キーマイルストーン」(重要な節目)だった。

 「なかなか日本語に訳しにくい言葉だ。交渉はまとまらなかったが、『前進する道筋を特定』と合わせて、米側は前向きな感じを出したかったのだろう」(日本政府関係者)。こうしてオバマ氏の離日直前に共同声明がようやくまとまった。

 「共同声明を出すまで少し時間はかかったが、日米両国にとって画期的声明になった。今後、日米がリーダーシップを発揮してTPP交渉が妥結していくように参加国に働きかけていきたい」。首相は25日、首相官邸で記者団に成果を強調した。【高山祐】

 ◇今後の進展不透明に

 25日発表された共同声明で、両国は「重要な課題について前進する道筋を特定した」ことを確認した。ただ、牛・豚肉など農産品重要5項目や自動車の関税に絡む対立が収まったわけではない。迷走する日米協議が、TPP交渉全体を漂流させる可能性もある。

 今年2月にシンガポールで開かれた12カ国の閣僚会合が決裂し、合意が困難視されたTPP交渉。先行きに一筋の日が差したのは、3月25日にオランダ・ハーグの核安全保障サミットの場を借りた安倍晋三首相とオバマ大統領の会談だった。オバマ氏はアジア太平洋地域におけるTPPの「戦略的な意義」を強調し、同調した安倍氏との間で交渉加速を担当閣僚に指示することで一致。クリミアに対するロシアの強硬策に手を焼き、外交面での得点をTPPで稼ぎたいオバマ氏と、米国との関係の再強化で中韓との関係悪化の打開を図りたい安倍氏の2人の照準が24日の首脳会談で重なった。

 この間の交渉ペースは過去に例がない頻度だった。甘利明TPP担当相とフロマンUSTR代表の閣僚協議は今月10〜11日(東京)、17〜18日(ワシントン)の2回だけで30時間以上。フロマン氏はオバマ氏の来日に先立って23日早朝に来日し、首脳会談当日の24日まで甘利氏と断続的な協議が続いた。

 コメなど一部品目については関税を維持し、無税の輸入枠を設ける案が浮上するなど交渉が打開に向けて動き出す場面もあったが、豚肉などの関税交渉は難航を極めた。「3歩進んで2歩下がるだな」。交渉の一部を知る与党議員は交渉をこうたとえた。

 「閣僚協議で細かい関税の話を詰めようとしても、交渉は前進しない」。経済産業省幹部は交渉の進め方についても不満を漏らす。こうした教訓を踏まえ、日本側は「あくまで事務レベルの協議で枠組みをつくったうえで、甘利、フロマン両氏の閣僚協議を設定して合意に持ち込みたい」(同幹部)考えだ。一方の米国は、5月中旬に予定される首席交渉官会合に続いて、12カ国の閣僚会合を開き、TPP交渉全体を大きく進展させたい意向だ。

 ただ、甘利氏は「議論が収れんされた先に閣僚会合がある」と述べ、議論が進展しないままでの閣僚会合開催を明言しなかった。2月のシンガポールでの閣僚会合が決裂した苦い経験を踏まえたもので、米国のかたくなな交渉姿勢に対する根深い不信感が見てとれる。交渉の進め方でも日米が対立すれば、妥結に向けた落としどころは見通せない。【松倉佑輔】

 ◇東南アジア、慎重論拡大も

 離日したオバマ大統領が向かった韓国。聯合ニュースによると、朴槿恵(パククネ)大統領は米韓首脳会談後の会見で「韓米自由貿易協定(FTA)に続き、TPPを通じても両国間の協力が可能ということで一致し、韓国のTPP参加のため緊密に協力していくことにした」と語った。

 東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国のうちTPPに参加を表明するのはマレーシア、ベトナム、シンガポール、ブルネイの4カ国。大半は新興国で、経済大国による国内経済の侵食を招きかねない交渉条件の受け入れには慎重だ。在ASEAN外交筋は「各国はTPPの締結を急がず、他国の動きを見ながら交渉を進めようとしている。日米交渉が難航したことで、さらに慎重になる可能性がある」とみる。

 特に26日にオバマ氏が訪問するマレーシアはマハティール元首相が「TPPは小国を植民地にするための米国の企てだ」と発言するなど米国主導の交渉に反発する声が強い。野党側はオバマ氏訪問を「TPP交渉締結の圧力をかけようとしている」と警戒。ムスタパ貿易産業相は22日、「課題が山積している」と述べ、訪問中に合意に至ることはないと明言した。

 マレーシアやベトナムの経済を支える「国有企業」に対し、日米は優遇措置撤廃などの改革を求め、主張は対立している。また、知的財産権を巡り、大手製薬会社を抱える米国は新薬特許の強化を主張するが、マレーシアなど新興国は医療を安価な後発医薬品(ジェネリック薬)に頼っており、利害の隔たりは大きい。貿易商品の原産地をどう定義するかを巡っても、米国主導で規則が決まることへの懸念がある。

 アジア・太平洋地域では、日中韓、インドなど16カ国が参加する自由貿易協定「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」の交渉も行われている。ASEAN各国には、米国主導のTPPと中国が参加するRCEPをてんびんにかけて様子をみる動きもある。また、地域経済連携を巡っては、TPPよりも2015年末に予定されるASEAN経済共同体(AEC)に対する関心が高い。【バンコク岩佐淳士】