原発事故で避難している人はなお13万人を超える
 「元の生活に戻りたい」「安全に暮らしたい」。3年たっても板挟みの悩みは尽きない。それがさまざまな摩擦を生む。

 ある避難区域出身の母親は、「子どもが高校を卒業するまでは」と福島市に家を買った。すると元の集落の人々に「むらを捨てるのか」「墓はどうするんだ」と言われた。「みんなで帰ろう」という空気が重い。

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 福島県には、妻子が県外に自主避難したことを職場で話せない人もいる。「奥さんは過敏すぎるのでは」と仲間外れにされたくないからだという。

 他人が自分と違う行動をとると、自分が否定されたように感じる。だから「みんな一緒」を求める。社会のあちこちに潜む同調圧力が、厳しい状況の下でより重みを増したのだろう。

 地元に残った人も偏見や風評に苦しんできた。帰る人が少ないと地域の再建が心配になる。

 互いに切実な思いがある。どう接点を見つけ、どこまで他人に寛容になれるか。本当に難しく、福島だけでなく社会全体にも地続きの課題にみえる。

 放射能のリスク判断に、絶対はない。決まった正解もない。「この線量なら、家族一緒に今まで通り暮らす方が子どもも幸せ」「いつかは帰りたい。でも子どもが成長するまでは」。どちらも正解と認め合うのが溝を修復する第一歩ではないか。

 山形県米沢市では、沿岸部からの強制避難と内陸からの自主避難の人が一緒に地元自治会に入って支え合う。住民がいう。「補償額などの違いはあるが、放射能から家族を守りたいのは同じ。自主とか強制とか区別するのは無意味だ」

 溝は国の政策から生じた面もある。「全員帰還」の建前を転換し、「避難先への定住」の選択肢を公に認めたのはつい昨年末のことだ。「判断がつかないから避難を続けたい」という第3の道は、まだ市民権を得ていない。みなし仮設のアパートは1年更新で原則住み替えもできず、不便を強いられる。

 沿岸部の避難解除が進むと、帰還をためらって自主避難状態になる人は増える。その迷いも尊重し、避難先でおちついて暮らせる支援をすべきだ。

 福島市に家を買った前出の母親は言う。「私は『子どものため』と考えたら、吹っ切れた。だれも間違ってない。自分の決断に自信を持ち、気持ちの落としどころを見つけるんです」

 互いの決断や迷いを尊重する。それはこの社会のみなが福島から学ぶべきことでもある。

2014年3月14日(金)付